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2012年1月28日 (土)

気と優しさと緩め

 かつて西野先生は強靭(強くしなやか)であることが大切といわれた。強さはエネルギーの高さであり、エネルギーが高くなければ他人に優しくできない。優しいとは瘠せるほどの思いを実現するエネルギーだから。

 今、気の交流で気の世界を味わえる状況に身をおけると、優しさの深い意味が良く分る。優しくなければ十分な気を発することは出来ない。優しいと、か弱いとは異なる。優しさとは力強さを秘めながらもきめ細かく丁寧に気を発すること。

 ライオンは瞬時に獲物の息の根を止められるほど強大な噛む力を持っている。そのライオンが我が子を運ぶ時にはそっと優しく銜える。強靭な力があればこそ力加減ができる。他方、ハトは餌を与えながら雛をつついてしまうことがある。力の調整ができないから。

 気を発するには、呼吸・緩め・意識が必要。このうち緩めと柔軟は混同しやすいが異なるものである。

 動物には、その動物なりの身体構造がある。犬や猫などの四つ足動物は胸を拡げることはできない。だから、むやみに柔軟さを追求しても意味が無い。しかし、およそ動物たちは緩んでいる。柔軟も適度な柔軟で足りる。その上に緩みが導かれる。

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2012年1月26日 (木)

不完全有欠

 これは自分への戒めなのです。それは他人から良く見られたいと思う潜在的な欲望があるから。

 大発明家・大学者・大実業家・大師範など成功した人たちの本を読むと、この人たちは大変だなぁと思います。そこへお弟子さんや後世の作家が加わると、本当に身動きできないくらいの完全無欠な偉人にされてしまう。

 私は、合気道や合気柔術の開祖や呼吸法の創始者の本を読むことが多い。本にはどうしても良いことだけを書いてしまう。そしてお弟子さんの賛辞が加われば、尚更いい人間であり続けねばならない。

 しかし、どんな大先生も現実には生身の人間であり、ありとあらゆる欲望の固まりでもあり、必ず欠点がある。それを持ちながらも、自分の目指す道を歩いているに過ぎない。その道で修得した何ものかが人様の役に立てば暮らしの足しになる。役に立つものが大きい人が偉人として表彰される。それだけのことだと思う。

 その点で、斉藤一人さんは上手く乗り切られている方だといえます。品よく、さりげなくご自分の欲望を現されて、人間らしく生きようとされている。

 本当の事を言えば、完全無欠の人間なんて魅力がないよね。不完全、欠点だらけが本来の人間だから。それでこそ修行する意味もある。

 三国志に登場する有名な軍師に諸葛亮孔明がいます。彼の生き方や作戦はまさに完全無欠を目指したもの。その見事な展開には誰もが息を呑む。そして主君にたいする忠誠心の深さにも感動する。だが、あまりに完ぺき主義を貫き、大らかさに欠ける性格がその後の人生に影を落とす。最後は不本意ながら戦場で病死してしまう。よく読んでみると、完全を期して総てを自分で行おうとしたり、神経質に生きたら誰でも病気になります。多くの人が憧れる諸葛亮孔明も人間であり、やはり彼にも弱点はあったというわけ。

 これからは不完全有欠を目指して精進。

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2012年1月21日 (土)

無為自然

 老子は唱えた、「(人為的なことを)為すこと無く自然であれ」。人間は自然の一部である。その自然を大切にせよ、という意味。

 犬や猫などの動物は毎年一定の時期に子供を生む。放牧されている馬はほぼ同じ晩に出産する。鷹や鷲などの猛禽類は子育てをするのに都合がよい餌が取れることを逆算するように卵を産む。

 毎月排卵のある人間は自然に支配されていないのだろうか。実は、人が生まれる月は7・8・9月が多く、1・2・3月は少ない。人が死ぬのは1・2・3月が多く、5~9月は少ない。これらは毎年ほぼ変わらない。一定の時期に繁殖や死亡が多いと分る。

 婚姻届が多いのは3月・6月・10月。離婚届が多いのは3月・6月・9月。これらもほぼ毎年同じ。このような一見人為的なことすら決まった時期に行っている。つまり天体の位置に人間の行動は支配されている、と言える。

 だから自然の与えてくれた力を生かすことが、生物としての人間がべき道である。これを老子はタオ=道と呼ぶ。道とは名付けることのできないものであり(仮に道と名付けているに過ぎない)、礼や義などを超越した真理とされる。天地一切を包含する宇宙自然、万物の終始に関わる道を天道といい、人間世界に関わる道を人道という。

 今の時代、頭で考えて自然を止めてしまうことが多い。その一つが医療にある。タミフルというインフルエンザ予防ワクチンの摂取や過剰な清潔好きなどある。そのタミフルも英国の調査機関の発表で実効性がないことが明らかになった。何十億円ものお金をかけて備蓄した薬は無駄になる。風邪は水を飲んで寝て治すのが本来。現代人はあらゆるウィルスや細菌に打ち勝って生き延びた人間の子孫。だから過剰に心配する必要はない。人間は多少の雑菌と共に暮らすのが自然。

 第二は、無駄な教育にある。天才水木しげるは、眠たさや食事を大切にするため学校には遅れて行った。それで算数などの授業は受けたことがなくテストは0点の連続であった。しかもガラクタや昆虫の収集と絵を描くことに力を注ぎ、その他は気にしなかった。しかし、そのお陰で文化功労賞まで手にした。無論、必要な計算も読書もできる。同じように天才赤塚不二夫も中卒で漫画を描いてすごした。手塚治虫と出会い、芸術や学問に目覚めて素晴らしい漫画を残した。数学も科学も相当な勉強をしたと分る作品。彼らに、親や教師が為す人為的な教育は無かったし必要も無かった。誰もが、自然の才能を伸ばせばよいと分る。

 現代社会において脅しをかけるのは医者・学校・占い師・政府発表・常識という目に見えない圧力。占い師の圧力は、石原慎太郎都知事が美輪明宏に呪い殺すと脅されても生き延びたという事実によって回避された。佐野厄除け大師で大きな観音像が盗まれたことで現代の宗教はほぼ役立たないことが明らかになった。常識の危うさに警鐘を鳴らし、自然な力を発揮しようと唱える私は時々宗教だ、といわれることがある。それは佐野厄除け大師と同じ意味ならばちょっと心外。イエスや釈迦の残した真の宗教なら、誉め言葉と受け取りたい。

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2011年12月29日 (木)

気と幕末の剣客

 幕末に剣をとって生き延びた人は多かれ少なかれ気を捉えていた。今の平和な時代で捉える気とは、生命が掛かっている分だけ真剣度が違う。

 その一人に侠客の清水次郎長がいた。彼は戦う時には、立ち向かう相手の剣先にちょっと触れてみる。そしてスーッとした柔らかな感じの相手は避ける。ズシッとした手応えの相手なら弱いと見て切り込む。この戦法で数々の修羅場をくぐって名を上げた。彼の感性は、気や合気の観点から見ても正しい。そして73歳の生涯を全うした。

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 清水次郎長と懇意であった剣客に山岡鉄舟がいる。彼もまた気を捉えて生き延びた一人であった。それを勝海舟に認められ、官軍との講和の使者という大役を果たした。彼の気はもっぱら丹田を中心とする気であった。それは剣にのみ生きるものではなく、人生にも役立つものである。

 そして山岡や坂本竜馬が太刀打ちできなかった勝海舟がいる。勝海舟は全身の細胞から発せられる気ともいえる。彼が西野先生に一番近い。人生において数度、生命を狙われたが、一度も剣を抜くことなく乗り切った。人切り以蔵と呼ばれた土佐藩の岡田以蔵がボディガードに付いたことがある。その時期に数名の刺客が切りつけてきた。直ちに以蔵が切り捨てた。そして勝に、「先生、私が居なかった危なかったでしょう」と問いかけた。勝は「そうだな。助かったよ」と答えたが、実は以蔵と同時に殺気を感じて刀の柄に手は掛かっていた。

2011年12月26日 (月)

運・鈍・根

 好運と愚直と根気が、事を成し遂げる三条件といわれる。

 「気が分る本」に方法論として、思考ー実行ー思考ー実行というスパイラルな上達経路を開示した。それが、鈍と根に相当する部分。

 気の世界へ入るには、気を感じられる段階~気を味わう段階~気で飛べる段階・・・プロセスがある。それは身体の緩みや呼吸の量が満ちてこなければならないから。

 人は生活形態が皆異なる。身体の使い方や癖も異なる。それを取り去って緩みの世界、呼吸による気エネルギーの世界に入るには時間の掛かり方も異なる。

 かつて西野先生は、「素直な人なら早ければ2年、普通の人ならば3年は掛かる。」と言われた。緩めや呼吸の稽古に打ち込める時間は人それぞれなもの。だから、どれほどの量と質で2~3年なのか分らなかった。それで私は、少なくも10年はやろうと決意していた。また、後で気づいたことではあるが、呼吸の方法や緩め方の受け止めも、結局は自己流であった。先生に習える大事さが分った。

 西野流呼吸法の道場では生徒数が多すぎて、稽古の質や量が合っているかまでは指導しきれないのも無理はない。それでもざっと見渡した感じでは、気の世界を味わえる段階まで進めた人はかなり居られた。それは先生の方法論の開示が適切であることも意味する。しかし、気で飛べる段階まで進めた人は内弟子の方を含めても、全体の数から見たら少ない。そこに運が働くと思う。

 合気道などでも開祖のレベルまで到達するのは並大抵ではない。植芝盛平翁の門下でも翁のレベルに到達したのは塩田剛三氏や藤平光一氏ら数名にすぎない。さらに塩田門下や藤平門下で師範の域に達せられた方は寡聞にして知らない。おそらく相当多くのお弟子さんが何十年と研鑽されても追いつかないのだと思う。

 改めて、運と努力と熱意の大事さが分る。

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